「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」など衝撃作を連発してきた園子温監督が、2011年の東日本大震災を経て撮った異色の青春映画が『ヒミズ』。
原作は古谷実の同名漫画。主演は染谷将太と二階堂ふみ。
ヴェネツィア国際映画祭で新人俳優賞をW受賞したことで世界的にも注目された。
一見、少年犯罪を扱う社会派ドラマのようでありながら、実際には「生きるとは何か」を問いかける人間賛歌でもある。
園子温らしい暴力と詩の共存、泥にまみれた希望の描写は、観る者の心をえぐる。
今回はそんな映画『ヒミズ』を、ネタバレを含めてじっくり考察していこうと思う。
基本情報
作品名:ヒミズ(Himizu)
公開:2012年1月14日(日本)
製作国:日本
上映時間:129分
監督・脚本:園子温
原作:古谷実『ヒミズ』(講談社「ヤングマガジン」連載)
音楽:原田智英
製作:ギャガ/ステューディオスリーシーズ
配給:ギャガ
受賞歴:第68回ヴェネツィア国際映画祭 マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞) 染谷将太・二階堂ふみ
主なキャスト
- 染谷将太:住田祐一
- 二階堂ふみ:茶沢景子
- 渡辺哲:住田の父
- 吹越満:刑事
- 神楽坂恵:ホームレスの女
- 光石研、窪塚洋介、吉高由里子、村上淳 ほか
あらすじ

中学三年の住田祐一(染谷将太)は、東京郊外でボート小屋を営む両親と暮らしていた。
だが父親は借金まみれで、息子に暴言を浴びせ続ける。
母も家を出て、残された祐一は孤独と怒りを抱えながら生きていた。そんな彼に好意を寄せるのが、同級生の茶沢景子(二階堂ふみ)。
彼女は異様にテンションが高く、祐一の暗い心を照らそうとするが、その明るさはどこか空回りしている。やがて祐一は父親との確執からある事件を起こしてしまう。
それをきっかけに彼の人生は大きく崩れ、自己否定と贖罪の渦に沈んでいく。
一方、震災で希望を失った大人たちが周囲に現れ、少年に“生きる意味”を問いかける。
彼はやがて泥まみれの中で「生きたい」と叫ぶ。
その声は、絶望に沈む日本社会への祈りのようでもあった。
園子温の珍しい実写映画
本作はあのギャグ漫画の名作「稲中卓球部」の作者である古谷実がシリアス路線に走った「ヒミズ」を原作とした実写映画化。
原作『ヒミズ』は、純粋な少年が社会に押し潰されていく過程を描いたダークな青春漫画。
しかし映画版は、2011年の東日本大震災を経て脚本が大幅に書き換えられている。
もともとは犯罪と家庭崩壊の物語だったが、園子温は震災後の日本を背景に、より社会的な再生をテーマにした。
崩れ落ちた街並みや、放射能を示唆する映像、瓦礫の中で暮らす人々の姿が映画全体を覆っている。
つまりこの作品は、原作の個人の闇を社会の闇へとスケールアップさせた再解釈である。
しかし相変わらずの過激な表現は園子温節炸裂。
「冷たい熱帯魚」のでんでん、吹越満、黒沢あすか、神楽坂恵も出演していてそのまま。
吹越満と神楽坂恵は「冷たい熱帯魚」でも夫婦役だっただけにこちらでも夫婦役とは笑ってしまった。
でんでんに関しても相変わらず悪そうな役が板についてる(今回は気のいいヤクザだけど)。
前半と後半で大きくテンションが変わる
さて、この映画は大きく前半後半と2つに分けられる。
親父からはしょっちゅう金をせびられ殴られ「お前死ねよ、いらねぇんだわ」と散々言われるわ、母親は男作って少しの金と「頑張って」という置き手紙だけ残して消えてしまうわ、もう悲惨な家庭環境で育つ染谷くんが震災で家をなくしたホームレス達に囲まれて生活する話が前半部。
そしてついに親父を殺して自分の存在意義を世の中の悪党を殺すことで見出そうとする後半部。
何よりもこの映画の染谷将太の目が凄くいい。
どんよりとして「世の中夢も希望もねぇ」みたいな自分の子供には絶対になって欲しくないような所謂「腐った目」。
これが演技なのかもともと染谷将太はそういう目をしてるのかはわからないがとにかくこの住田という役はドンピシャのハマり役だった。
二階堂ふみの住田にぞっこんなイタイ女子生徒もいききってていい。
というか「地獄でなぜ悪い」でも二階堂ふみ出てたけど園子温作品とかなり相性が良いように思える。
基本的に過剰な表現が多くてクセが強いのでダメな人はダメだろうな。
まぁそれは園子温のどの作品もそうなので。
特に二階堂ふみが素晴らしい
「普通」の生活を求めていた住田だけど親父を殺して母親からは捨てられ奇しくもどんどん普通から遠ざかっていってしまう。
彼は絶望の末、このちっぽけな命を世の中の役に立てようと悪党を殺そうと試みるがこれが意外にもうまくいかずついには自殺をしようと考える。
住田君は自分で決めたルールにがんじがらめになってるだけだよ。
君が死んだらこれから悲しくてやっていけません。
二階堂ふみの説得が心を打つ。
そして自首することに決めた住田。
自首する前夜に未来について横になりながら語る二階堂ふみ。
刑期を終えたら結婚していつか子供ができて…それは二人にはとても明るい未来。
この二人の未来を語る二階堂ふみの台詞と表情がとにかくいい。
前半部のウザキャラがここにきてとても魅力的に見えてくる。
だけど原作ではこの後に住田は自殺してしまう。
原作ではね。
茶沢景子を演じた二階堂ふみの存在感は圧倒的だった。
彼女の明るさは、一般的なヒロインのそれではなく、狂気すれすれのもの。
笑いながら泣き、壊れたように祐一を追いかける姿は、もはや恋愛ではなく救済に近い。
この役で彼女はヴェネツィア国際映画祭の新人賞を受賞し、以後『悪の教典』『何者』などでブレイクする。
一方の染谷将太も、以降『寄生獣』『さよなら歌舞伎町』といった挑戦的な作品に立て続けに出演し、若手俳優として確固たる地位を築いた。
準備期間中に起きた震災により結末が変えられた

この撮影の準備期間中に3.11の震災が起きた。
当時の絶望的な状況の中で園子温は震災を盛り込まずにはいられなかったと語る。
あの絶望的な状況のなかで「絶望」を描くことに違和感を感じたようでだからこそ住田は自殺でなく自首して生きることを選ぶという結末に変えられた。
「頑張れぇぇぇぇぃ!!!」と泣きながら叫び合う二人。
一歩間違えばクサイわけわからんシーンだけど震災の状況でのあのシーンはグッときてしまった。
園子温の作品の中でもちょっと本当に感動したシーン。
私は原作モノは原作通りにする必要は全くないと思っているのでこの監督の判断には大いに賛成だ。
原作ファンにとってはどうなのかわからないけど。
正直言って住田の様な環境にいない私には全く共感できない話だけど間違いなくこの映画は園子温の真骨頂といってもいいくらいの出来だ。
「ヒミズ」というタイトルの意味
「ヒミズ」とは、泥の中に生きる小動物のこと。
目立たず、地中で生きる存在。
つまり住田祐一そのもの。
この映画のラストで祐一が泥にまみれ、「生きる」と叫ぶのは、まさにヒミズとしての再誕を意味している。
社会の中で見えない存在であっても、誰に笑われようと、生きる。
その泥臭い肯定こそが、園子温のメッセージだ。
まとめ
『ヒミズ』は、単なる青春映画ではなく、「絶望を希望で上書きする映画」だ。
確かにストーリーは重く、暴力的で、観終わった後は疲れる。
だが、その中に確かに光がある。
「生きてていい」「許されなくても生きる」というメッセージ。
園子温が震災後にこの作品を撮った意味は、まさにここにある。
壊れてしまった日本の中で、「もう一度生きるとは何か」を問い直したかったのだ。
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